風天塾(ワークショップ・セミナー):東京、高幡不動にて開催 

新たな歴史創造の過程へとつなげる意思を持って、
日本文化と日本の祈りの本質を掘り下げる。

山紫陽花の咲き誇る季節。

第19回 日時:2024年 6月22日(土)、6月23日(日) 午後12時半〜午後6時  

両日とも、10名限定。(1日で完結)

場所:かぜたび舎(東京)東京都日野市高幡不動

 *京王線 高幡不動駅 徒歩12分*高幡不動尊に集合し、山紫陽花の咲き誇る境内など、フィールドワークを行った後、事務所に向かいます。 

 *資料代として、おひとり様2,000円をいただきます。


私は、西洋世界が耳を傾けようとさえするならば、日本文明が与えることができる優れた教訓のかずかずを知らないわけではありません。それは、現在を生きるためには、過去を憎んだり破壊したりする必要はないという教訓であり、自然への愛や尊敬に席を譲らないで文化の産物の名に値するものはない、ということであります。

           クロード・レヴィ=ストロース

                                             

 

 

(左写真)「始原のコスモロジー 日本の古層Vol.4」

  2023年12月20日発行。現在、ホームページで販売中。



毎年のように台風の被害があり、近年は大地震が続き、危うい大地の上に生きている日本人の生の哀しさや儚さを痛感せざるを得ません。
 日本人の営みと生の在り方は、この日本の自然風土と切り離すことはできない。
 日本社会は、近代西欧文化の影響を受けて、必然と計画による合理的精神に毒され、身に降りかかる偶然は、ネガティブなアクシデント(不条理)と受け止められています。
 しかし、生きていくということは、生老病死が宿命であり、自分の意のままにならない偶然性に翻弄される。この偶然的現実を否定しようと思っても、それはできない。かといって、生身の心が、平気でいられるはずもなく、寂しさや切なさにつきまとわれる。その感情とどう向き合うか。
 これについて、日本の実存的哲学者で、「いきの構造」で知られる九鬼周造は、寂しさから諦めへの転換を唱えました。
 諦めは、現代人にとっては、自己の欲求どおりにならない事態になった時に我慢するという抑圧的な心理ですが、九鬼周造は、自然に従うということを諦めの基礎とし、「自然を明らかに凝視することによって、自己の無力が諦められる。」と述べています。諦めは、自然を「明らめること」です。
 そして、九鬼は、「はずみ」という言葉を使っていますが、「はずみ」は、いのちの弾みでありますが、ものの弾みという偶然性を含みます。
 偶然性は、現在の状況を変えていく力を秘めていて、それは邂逅であり、その巡り合いがなければ、生命力は、減退していくのです。
 九鬼にとっての生存の美学は、どんな時代環境であれ、偶然の遭遇( 邂逅)を常に真摯に受け止め、 それを通して自己の運命を”愛していく”という生き方でした。
 この際の”愛していく”というのは、自己本位の選り好みではなく、意のままにならないものでも受容するという本来の意味の愛です。
 西洋の実存的哲学者に比べて偶然性に対する考察が深かった九鬼周造は、計画性や必然性に重きが置かれる西欧文明の行き着く先としての抑圧的なニヒリズムを超える精神を、日本古来の精神から取り戻そうとしました。
 西洋の傑出した知性であるレヴィ=ストロースもまた、「日本文明が与えることができる優れた教訓」について深い関心を示しており、それは、人間の意のままにならない自然との関わり方を通して獲得されていった叡智です。
 今回で19回目となるワークショップ セミナーでは、そうした日本に特有の文化や思想が育まれてきた背景を、より深く掘り下げていくことに重きをおきたいと考えています。


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