風天塾(ワークショップ・セミナー) 

始原のコスモロジー (東京開催)

Exploring Root Concepts of Our history 

第13回 日時:2023年 12月16日(土)、12月17日(日) 午後12時半〜午後6時  

両日とも、10名限定。(1日で完結)

場所:かぜたび舎(東京)東京都日野市三沢 京王線 高幡不動役から徒歩12分

 *資料代として、おひとり様2,000円をいただきます。


私は、西洋世界が耳を傾けようとさえするならば、日本文明が与えることができる優れた教訓のかずかずを知らないわけではありません。それは、現在を生きるためには、過去を憎んだり破壊したりする必要はないという教訓であり、自然への愛や尊敬に席を譲らないで文化の産物の名に値するものはない、ということであります。

           クロード・レヴィ=ストロース

                                             

 

 

(左写真)「始原のコスモロジー 日本の古層Vol.4」

  2023年12月20日頃、完成予定。。



 

唯一絶対神の世界は、善悪二元論で、敵と味方の線引きを明確にし、その境界の向こう側は恐怖の対象でした。それゆえ、自分を守る意識も非常に強く、境界に高い壁を築き、恐怖の原因となるものを徹底的に排除しようと努めます。

 それに対して、古来から日本の境界意識は少し異なります。境界の向こうを「おそれる」気持ちは同じですが、単に怖がるのではなく、「畏れ多い」という感覚が含まれます。

 境界の向こうを警戒するばかりでなく、自分の力が及ばないということが敬意や憧憬につながる場合もあり、鬼や怨霊でさえ、丁寧に鎮魂すれば守り神になるという発想がありました。

 日本が伝統的に育んできた文化表現で、現在まで残るもののなかに、「 畏」と無縁のものが、果たしてどれだけあるでしょうか。能は言うに及ばず、たとえば建築や庭園にしても、自然に対する「 畏」の気持ちが根本にあります。自分の思うように自然を使うのではなく、できるだけ自然の摂理に反しないように使わせていただくという気持ちは、「 畏れ」です。

 西行の、「何事の おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」という心情も同じで、歌や俳句にも、その精神が宿っています。

 この感覚は、人間という大脳を肥大化させている特殊な生物のブレーキになり得ます。大脳の力を利己的な目的のために使うと、全体のバランスなど無視して暴走してしまいますから。

 「畏」は、自分の卑小さや、驕りを省みる力です。

 日本は、世界で最も天災が多い国であり、人間の力が遠く及ばない世界があることを熟知していました。そして海に囲まれた島国であり、大陸から遠すぎず近すぎない距離感が、微妙な境界意識を育んできました。

 マレビトは、得体がしれないところもありますが、珍しくて興味深く憬れであり、自分を変えてくれる可能性を備えています。

 変化をおそれながらも、変化を求める気持ちも持っており、新しい世界を知ることで、自分の可能性を少しでも拡げたい。だから、境界の向こうに、 畏れと敬意と憧憬の思いをはせる。

 こうした「畏れ」の感覚が、どのように形成されてきたのか、起源まで遡って知りたいと私は思います。

 現在継続しているワークショップセミナーは、単なる過去の探究ではなく、日本という国特有の世界観や人生観を、根元から再認識する場にしたいと考えています。

 


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