風の旅人 第37号 第38号

vol.37 2009年6月

定価 ¥1,200(税込)
全170ページ 30×23cm

 

 

 

社会で流行の“新しさ”を次々に追いかけなくても、自分の感覚に従って付き合っていくと、世界は常に新しい。

悠久の時の中で物事の移り変わりを眺め渡すと、平穏な状態が続くことはなく、暴風や荒波が来るのは自然のこと。
時おりめぐってくる試練に対して、自分を整え、乗り越えていく姿にこそ、人間の本分が現れる。

苛烈極まりない逆境にめげず、生き続けてきたものに触れると、自分の悩みが小さく感じられ、謙虚で心伸びやかな状態となり、自らの来し方行く末への想いが、悠々としたものになる。

 

(風の旅人 編集長 佐伯剛)

 

【表紙】

望月通陽

【 写真 】

  • Native Nations

    photos/ エドワード・S・カーティス

  • Carry Me Home

    photos・text / デビー・フレミング・キャフェリー

  • 今、ここにある旅1 Country Songs

    photos・text/ 奥山淳志

  • 今、ここにある旅2 NEIGHBORHOOD

    photos・text/ 鷲尾和彦

  • 今、ここにある旅3 島の時間

    photos・text/ 山下恒夫

  • 今、ここにある旅4 あの時の未来

    photos・text/ 西山尚紀

  • 今、ここにある旅5 金のエンジェル

    photos・text/ 有元伸也

【 文章 】

  • 【連載】電気の働きに満ちた宇宙? 第7回 不可解な、火星の樹枝状模様

    text / デビット・タルボット

  • 【小特集】写真の可能性

    text / 佐伯 剛

  • 私たちはどこから来たか、私たちは誰か、私たちはどこへ行くのか

    text / 田口ランディ

  • 星を観る眼

    text / 蛭川 立

  • 冬のフランス

    text / 管啓次郎

  • 信仰は信仰である

    text / 前田英樹

  • 取り返しのつかない話

    text / 姜 信子

  • 標準化できない視覚のミソ

    text / 小栗康平

  • 隠された知

    text / 森 達也

  • 旅人の心得 5

    text / 皆川充

「悠」

 人の背後に水をかけて、身を清めることでみそぎし、みそぎを終えて、心の伸びやかとなった状態をいう。心に鬱屈がなく、心安らかで、つつましくあれば、その想念もはるかになる。( 白川静『字統』より)
 古今東西、様々な不条理に対応しながら生きてきた人間は、意識しやすい短期的な価値観に左右されながらも、根本のところでは、日頃はあまり意識しない長期的な価値観に基づいて生きているように思われます。また、当たり前のこととして長く実践し、必要に応じて修正し続けてきたものにこそ、人間ならではの尊い智慧が宿っている場合が多いように感じられます。しかしながら人間は、長く続けるうえで安易に形式に頼ってしまうこともあります。差し迫った必要性のなかで生まれたものが、習慣化され反復されるなかで惰性状態となり、本来の在り方を失いますが、そうした形骸化は、生命力の減退へとつながっていきます。 ”みそぎ”というものは、惰性状態によって心のなかに厚くこびりついた角質を取り除き、心を伸びやかにし、覚醒させる瞬間です。人間は、時おり、そうしたリセットによって自らを新しくし、生命力を蘇生させることができます。
 

 

FIND the ROOT 永遠の現在 時と悠

今、ここにある旅

 見知らぬ場所を訪れても、自分の眼差しが変わらなければ旅とは言えない。同じ場所にいても、惰性に陥らずに物事をみつめ、新たな発見と触発を通して自分を入れ替えていくことは、旅だ。
 現代社会の政治、学問、教育、経済等、知的エリートとみなされる人たちが主流の分野では、物事(他者)を細かく分析して標準的な答を見つけ出し、その答に大勢を従属させる点で似たような構造にあるが、そのようにして得られた答は、永遠普遍の価値を持つものではなく、この時代における便宜上の尺度にすぎない。
 それはそれで社会を維持していくうえで必要なものだが、その枠組みの中で自分自身の心の揺れを完全に抑圧して生きることが自然の理に適っているとは思えず、だからこそ人々は、自分なりの答を探し求めて旅に出るのだろうと思う。
 しかし、誰でも手軽に旅行ができるようになった現代社会で、せっかくの旅先でも、ガイドブックに書かれている有名なポイントをなぞるだけとか、他人がつくった価値観の枠組みの中でわかったつもりになる状況も増えている。遠方まで出かけたとしても、自分の眼差しが全く変わらなければ、時間の消費にすぎない。
 旅というのは、地理上の移動ではなく、あれこれと迷いながら、自分のまなざしでモノゴトをみつめ、自分なりの世界との付き合い方を体得していくプロセスのことだと思う。
 同じ場所に住んでいても、意識が変わり、視点が変わるだけで、世界も変わる。地球上のどこであっても、人間の営みには、それが成立していることじたいの奇跡を強く感じさせる尊い瞬間がある。そうしたものに出会う時、人間という存在のかけがえのなさを感じるとともに、自分が信じこんでいる価値観の偏狭さに気づくことがある。そのように自分の価値観を揺さぶられることは、心が蘇生するような快感があり、まさに旅体験そのものであると言える。
 しかし、人間の営みの尊さは、それをごく普通のこととして繰り返している当事者には気づきにくいし、通りすがりの人も見落としがちだ。そこに住みついたり何度も訪れたりしながら時間を共有することで、初めて見えてくるものがある。
 今回の誌面で紹介する写真家は、まさにそうしたアプローチで対象と向き合っている。彼らは、通りすがりの土地で自分本位に人間や風景を切り取るのではなく、一つの土地と長く付き合い、そこに生きる人々と心を通わせながら、人間の営みの尊さを写真で浮かびあがらせている。
 100年前、アメリカ合衆国の近代社会で生まれ育ったエドワード・カーティスは、アメリカ先住民の営みの中に入り、30年の歳月をかけて撮影を行った。デビー・フレミング・キャフェリーは、アメリカ合衆国の南部、ルイジアナ州に生まれ育った白人女性であるが、自分の農園で働く黒人達を、長期間にわたって丁寧に撮り続けている。
 そして、大阪生まれの奥山淳志さんは、10年間、岩手に住みついて撮影を続け、山下恒夫さんは、10年も沖縄の島々に通い続けている。鷲尾和彦さん、西山尚紀さん、有元伸也さんは、自分が生きて暮らしている場所の近隣で、自分にとっての他者の世界に深く向き合いながら、時間をかけて撮影し続けている。
 彼らが撮影しているのは、大きな出来事や目新しいものでもなく、人間の当たり前の暮らしであるが、それらの写真を見ていると、人間の日常の何気ない一瞬がとても清新に感じられてくる。彼らの眼差しを通じて日常を見つめ直すことは、まさに「今、ここにある旅」を実践することであり、その“旅体験”は、きっと新たな認識につながっていくだろうと思う。 

風の旅人 編集長 佐伯剛


vol.38 2009年10月

定価 ¥1,200(税込)
全165ページ 30×23cm

 

 

時の肖像


人間社会は“時”を標準化するために時計を使用するが、人生という“時”は、人それぞれの記憶で計るしかない。
人は自分の理解を超えた異質なものと深く関わるたびに、自分の時と世界を広げ、変化していく。
その変化の一つ一つを、人は、自分の経験として記憶できる。

人は、時計や自分の経験で計れない“時”があることも知っている。
樹木の年輪や、地層や、皺を通じて、人は、そこに到るまでの変化や、関係や、未来を察し、時全体を、重層的な一枚の画としてイメージすることができる。
人は、そのイメージを、世界のリアリティとして記憶できる。

世界の各部分は、どれ一つ単独ではなく、存在のための仕組みを他から受け継ぎ、他に引き継ぎながら、過去と現在と未来に跨って存在している。
人は、そのように連続と連結によって、世界が構築されていると認識し、全体の一部として自分の活動を位置づけ、記憶できる。

時は、部分と全体に跨り、過去と現在と未来に跨っている。
この世の物事は、何一つ単独に存在せず、一方から他方へと跨る“時”とともに存在しており、異質なものとの相互作用で変化していくことが定められている。

 

(風の旅人 編集長 佐伯剛)

 

【 表紙・裏表紙 】

牧野美智子

【 写真 】

  • 原始の記憶

    photos / 北義昭

  • 原始の記憶

    photos & text / 大西成明

  • モーメント、モニュメント

    photos & text / 森永純

  • Starlings

    photos & text / Paolo Patrizi

  • 光跡/追憶・・・ 和歌山

    photos & text / ヨハン・オーカタ

  • 古と今の世界

    photos & text / 久保田博二

【 文章 】

  • 【連載】電気の働きに満ちた宇宙? 第8回 太陽

    text / デビット・タルボット

  • 【小特集】縄文のコスモロジー第1回 縄文の人間学

    text / 酒井健 photo / 滋澤雅人

  • テ・マエヴァ・ヌイ

    text / 管啓次郎

  • 囀りとつぶやき

    text / 田口ランディ

  • ぬるい目玉

    text / 望月通陽

  • 汝力なきものとして

    text / 前田英樹

  • チェンマイ、彼岸の時空

    text / 蛭川立

  • −引き引いたは、千僧供養

    text / 姜信子

  • コーカサスの地と、映画への思い

    text / 小栗康平

  • インサイトコミュニケーション

    text / 皆川充

 

 

FIND the ROOT 彼岸と此岸 時の肖像

  現代人の多くは、完成と未完成で世界を分別し、未完成なものが完全なる状態に到るために、階段を一つずつ上っていくことが成長であると思っている。現代のビジネス計画の多くが、そうした考えのもとに作られ、同様に、子供時代は未完成で、完成だとみなされる大人に一歩一歩近づくものだと教えられている。

 子供が未完成で、大人が完成であるという考えが真実であるなら、適者生存の法則で、進化とともに子供から大人になるまでの時間は短くなっていく筈だ。しかし、人間は、あらゆる生物のなかで最も子供時代が長い。生まれて間もなく駆け出すことのできる馬などに比べて、人間の子供は、子宮内にいる時間が長いわりに、生後しばらく立つことすらできない。
 人間の不確かなる子供時代は、不完全なのではなく、自らの遺伝子のなかに書き込まれたプログラムを書き変える能力を長く保持し続けている状態だと考えることもできるだろう。子供が親を真似して同じ営みを続けていくだけならば子供時代はできるだけ早く終えた方がいいだろうが、親の世代とは異なる新しい状況を作り出すためには、早い段階で固定してしまわず、柔軟性に富んだ子供時代が長く保たれた方がよい。すなわち人間の子供時代は、世界から多くの新しいことを学び、それに応じて生きていくために自分を変えていく力が優れている期間なのだ。実際に子供の3年は、大人の3年とは比較にならないくらい変化に富み、その経験を自分のものにしていく力は、大人よりも子供の方が長けている。
 恐怖、苦痛、快楽など生死と直結する記憶は、多くの生物に共通のものだが、変化を認識し、それを見定めながら、その先に必然的に現れてくる未来を読み取り、自らを修正していく力こそが、人間ならではの生存能力ではないか。その能力が遺憾なく発揮されている時、人間は、世界を敏感に感受し、筋書き通りにはいかない未来を果敢に生きるために、ホルモンを分泌させ、臨戦状態にある。
 計画された未来に縛られ、自分の先行きがわかったつもりになった瞬間、人間は、人間ならではの研ぎ澄まされた感覚を劣化させ、人間としての可能性の多くを失っていく。にもかからず、現代社会に生きる大人は、大きな過ちを犯す。生まれながら備えている自分の修正力を尊重せず、安易に「ハウツー」などに頼り、その力を損なう方向に自分自身や子供を導いてしまうのである。
 曖昧な未来よりも過去に作られた固定的な価値観を優先し、それに従うという窮屈な生き方が、現代の管理社会では正当化されている。そのシステムに適応しやすい人が、社会を管理するエリートになりやすい。
 集団生活のための方便として作られた標準的な約束事や時間を、とりわけ重要視しているのが現代社会だが、人間は、本来、別々の”時間”を生きている。一人のなかでも、心理や体調によって時間の感覚は違ってくる。また、時間は、”出会い”と”相互作用”によって濃密になったり、そうでなかったりする。
 多くの人間は、自らの経験を通じて、自分を取り巻く世界が一つの正しい答で固定できるものではないし、いたずらに変化しているだけでもないことを知っている。 時とともに変化してきた樹木の年輪や、地層や、皺を見ると、どれ一つ同じものはなく、それぞれが微妙に異なりながら、全てがある一定の変化幅のなかに収まっていることがわかる。有機物も無機物も、環境変化に対する調整力を持ち、恒常性を保つ能力も備えている。変化していく定めのなかで、自分が自分であることを確認し、自らの固有性を維持しようとすることも自然の摂理に組み込まれており、だからこそ世界は簡単に標準化されない。といって勝手気ままになるわけでもなく、秩序に向かう力と、混沌に向かう力が均衡している。そして、その緊迫した状態に美を見出す感受性を人間は具えているのだ。
 全ての物事は最終的に無に帰すから地上の出来事にこだわるのは無意味だという、知ったかぶりの説法も一理あるが、それが宇宙の真理だとすると、この地上に、これだけ多様な生態系は生じない筈だ。異なるものの出会いが数多く用意されているのは、そこに何かしらの意味がある。秩序と混沌の揺れ幅と均衡を絶妙に整えながら、世界は、恒常性を保ちつつも絶えず変化していくことを欲しているのだろう。人間は、食物を得て自らの恒常性を保つだけで健全に生きられるわけではない。未来に向かって自分がどう変化していくかをイメージして、その具現化のために関係性を織りなしていくという精神活動によって生を活性化している。すなわち人間は、不確かな未来からエネルギーを得ることができるのだ。人間にとって、世界とは、様々な関係性が詰まった時間そのものであり、人間は、その関係性を身につけ、行動のなかに織り込み、自分に固有の時間を世界に付け足していくことを潜在的に求めている。それがゆえに人間社会は、多様性に満ちて出会いの幅が広がるほどに、生き生きとしたものになっていくのだろう。

雑誌『風の旅人』編集長 佐伯 剛

 


ヘッダー写真・川田喜久治 風の旅人50号

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