風たびナイト 第2回 岡原功祐vs佐伯剛

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【風の旅人ナイト・第2回】
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対談/佐伯剛(風の旅人編集長)×岡原功祐(写真家)
2013年2月12日(火) 19:30〜22:30
会場:荻窪・六次元  書き起し/坂本謙一
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■佐伯
岡原さんは若手のホープで、今年32歳。
今後10年の写真界の中では、中心にいる人だと思っています。
岡原さんの写真は、風の旅人41号で取り上げたのが最初です。
リストカットの写真を2004年から継続して撮っていて、まとめたものを41号で紹介しました。
復刊号では福島の写真を掲載しています。
■岡原
これからお見せするのは、福島の写真と、中国南部のドキュメントです。
ハンセン病の回復者の村を撮ったもので、2分と5分の長さです。
それでは、どうぞ。
(映像流れる)
■岡原
ハンセン病の回復者が暮らしている村は、中国に600程度あります。
病気自体はWHOの基準に沿うと撲滅されたことになっています。
彼らはこれらの村から出ることはできるけれど、家族が戻ってきてほしくないと感じている人たちも多い。
すでに多くの人達が高齢者で、このままこれらの村でひっそりと亡くなっていくことになるでしょう。
そうして病気も何もかもが無かったことになっていく。
撮ることになったきっかけは、ワークキャンプをしている友達がいるんです。
彼が行こうよ、行こうよと誘うんですけれど、しばらく断ってきました(笑)
ある時、酔っ払った時に「このまま彼らが亡くなってしまうと、彼らの存在自体がなかったことになる」って言うんですね。
それを聞いたとき、僕の中で響いたんです。
そこで、僕と彼と通訳をしてくれる学生の3人で出かけたました。
ただ、どうやって撮ればいいのか悩んでいました。
病気によって形が代わってしまった手とか、それを撮ったとしても、外見による差別が問題となっている病気だから
差別を助長してしまうのではないかと。
どうやって撮ろうか、ずっと考えていたんですが、彼らがここに居ることが分かれば良いのではないか、
そう考えるようになりました。
写真で何を表現するのかと言えば、その存在を撮るということなんじゃないかと。
気づきの多かった取材であり、作品だったなと思います。
■佐伯
彼はまだ32歳。
2003年の春、風の旅人を創刊して間もない頃でした。
早稲田を卒業して、南アフリカに行く直前、彼の友達が写真の売り込みに来たのに付いてきたのが最初の出会いでしたね。
彼が写真に取り組むテーマは、シリアスが多いです。
コロンビアのコカイン栽培の農民や、リストカットの女性。
それも、一過性の取材でパチパチと撮るんではなくて、一緒の時間を過ごしながら撮るスタイル。
スーダンのダルフール地方は、日本には情報が入って来ないですが、かなりシリアスな現場です。 タイとビルマの国境あたりも、厳しい。
10年の間、色々な現場で撮っていますね。
岡原さんの写真は、いわゆる報道とは違う。
■岡原
自分の中では、報道と言えば報道だし、ドキュメントと言えばドキュメントです。
■佐伯
彼は、何を撮るか、非常に考えていると思います。
例えば現場に行って撮れば、「写真」という形で伝えることは出来ます。
彼は、「そこに存在しているもの」のリアリティを必死で伝えようとしている。それはいつから?最初から?
■岡原
最初からではないですね。
最初に行ったところはコロンビアでした。
そこでは誘拐や暗殺が多いんです。犠牲になっている人が大勢いる。
そこで犠牲者を撮ろうとしたんですが、今から考えると一元的だったなと思います。
■佐伯
その時は英語で会話するんですよね。
英語は最初から出来たんですか?
■岡原
学校で習った程度で、出来ませんでした。
■佐伯
コロンビアはスペイン語ですよね。
それは?
■岡原
スペイン語も出来ませんでした(笑)
通訳代もかかりますし、自分が喋れた方が相手にも信用されるので、勉強しました。
■佐伯
今、なんでこういう話をしたのかと言うと、彼は英語とフランス語とスペイン語を流暢に話す。
それで海外でコミニケーションをとっている。
それは、事前に準備したんではないんですね。飛び込んで行って、そこで覚える。
相手の中に入っていく、その入り込み方の深さで、語学も身につけていっています。

注※:取材してるだけでは語学は上達しない。

■岡原
僕の場合、そうしないと撮れないんです。
中に入り込んでいくと、自分の周りにあるものすべてが被写体になる可能性を秘めると思います。
他にどうすれば良いのか、分からないというのはありますね。
■佐伯
また、写真はフィルムにこだわっていますね。
これだけデジタルが普及して、報道の現場でもデジタルが主流となっているのに、利便性を求めるのではなく、不便であってもフィルムで撮っている。
それは何故なんでしょう。
■岡原
僕が最初に写真を始めた時がフィルムでした。
デジタルに慣れていないというのもありますけど、僕に合っているんじゃないかと思います。
フィルムは何かと遅いプロセスです。現像して、ベタ焼きを作り、そらに暗室でプリントすると、自分の写真を強制的に見ることになります。
写真になるその過程が何かと面倒ですが、
自分の写真を、より理解するための時間を強制的に与えてくれる。
自分で撮った写真でも、それをすぐに理解して消化するという能力が、僕はそこまで高くないと思うから。

■佐伯
非常にデリケートな写真を撮りますよね。
こういう現場に行って写真を撮れば、ニュースにはなりやすいですよね。
そういう意味で言えば、とても扱いやすい。
センセーショナルな現場に行って、ショッキングな映像を撮れば、それだけでニュースにはなる。
でも本当はとてもデリケートなんだと思うんです。
考えても考えても、簡単に答えがでない問題がある。時間をかけて取り組むしかない。
僕は、20世紀というのは、写真によって歪められた時代じゃないかと考えているんです。
写真によって歪められてしまったものを元に戻すには、写真の力が必要。
19世紀にカメラが誕生した時、写真というものは大型のカメラで、フィルムも自分たちで作って、三脚を立て、対象とじっくりと向き合って撮るものでした。
それが20世紀の入口で35mmの携帯カメラが発明され、スナップショットという技法が生まれました。
そしてそれが、アメリカを中心に近代写真という形で広まった。
スナップショットというのは、街中で気になったものをパカパカ撮るものですね。
被写体を自分本位で切り取る性質は、コマーシャルとも相性が良かったのです。
だから、写真は、商品を訴求するために使われて、人々はその影響が多大に受けました。
日本の学校教育の中では、映像教育はしませんね。
言葉は教育でしっかりと取り組まれているので、皆、言葉に対しては、ある程度の耐性ができる。しかし、写真は見れば分かるということで何もしません。
写真の背後に何があるのか、それを教えようとはしないんです。
例えば、通り過ぎる電車の脇にカメラをセットして撮る場合、向かってくる電車を撮るのか、去っていく電車を撮るのか、意味合いが全く違うものになります。
事実は一つしかないんのに、映像によって、見え方がまるで違う。
でも、写真に一つの側面を定着すると、それが事実だと見せ付けられる。
感覚的に強制力のあるものになる。

■岡原
写真がどういうものか、答えは出せません。
良い写真と悪い写真があったとしても、何が良くて、何が悪いのか。説明が出来ないんです。
それは、量を見ないと醸成されないと感じています。
僕は今、かなりの量の写真を見ているので分かっているところはあるんですが、そうじゃない一般の人にとっては、量を見るトレーニングは必要なんじゃないかと考えています。

■佐伯
良い写真ということで、例えば構図が良いとか、露出が良いという言い方がある。
でも今はカメラが発達して、誰でも簡単に、ある程度カッコ良く写すことが出来ます。
だから、プロが、そのあたりのことを誇っても意味がない。
昔、レンタルポジの店というものが街中にありました。
プロのカメラマンが撮った写真をライブラリーにストックしておいて、広告会社などが写真を使いたい場合は、それをレンタルする。
でも今は、インターネットで写真を借りることが出来ます。
そこには、プロだけじゃなくて、沢山の素人の撮った写真もある。
Flickr(フリッカー)という写真の投稿サイトがあって、そこからGettyImagesにアップすることが出来るようになっています。
そこには、8000万点のアマチュアの写真があるそうです。そうなると、プロと素人の境なんて無いも同然。むしろ、素人の写真の方が良い場合だってある。
写真表現の特徴の一つが、決定的瞬間を捉えることですが、何か事が起きた場合、その場に居合わせた人の方が良い写真が撮れます。 プロが駆けつけるのを待つよりは、その場にいる人がカメラを持って写せば、そっちの写真の方が良いに決まっている。
そして、ある程度カメラが使えれば、撮れてしまうし、場合によってはスマホのカメラでもいい。
こういう現実を考慮すると、これまでのような、良い写真、悪い写真の定義が崩れていきます。プロは、そういったものを超えて行かなければならないと思います。

■岡原
例えば「強い写真」というのがあるんですが、この「強い」というのは説明することが難しい
写真というのは、紙の上にありますけど、写真を見て感じる写真と感じない写真があります。
よく、色を変えていたりするのがありますよね。
電球を撮って緑色にしてみたりして、これが自分の見えている世界です、とか言って。
そりゃ、写真というのは真実を写しているものだとは思わないし、何をやってもいいとは思うけれど、「僕には緑色に見えてます」なんて言われてもなぁ...。
うーん、そこで表現しようとしているものや、それがどこからきているのかとか、幾つも「なぜ」があるんですが、それに答えられるかどうかも大切なんじゃないかと思います。

■佐伯
撮っている人はそういう気持ちなんですよ(笑)
でも、編集者とか選ぶ側の人は、明確な基準が必要ですね。
3.11の後、テレビで被災地の映像が流れました。
どの局の映像も、対して違いはありません。
これは想像なんですが、「この現場はこのように見せなければならない」という指示、もしくは強制観念のようなものがあったのではないか。
現場で、対象と出会っている時にも、そういうイメージばかりを追っかけてしまう。だから同じ様になっちゃう。
これは僕がよく使う例えなんですが、写真家の水越武さんと流氷を撮りに行ったことがあるんです。
夕暮れ時が近づいているのに、彼はゆったりとカフェでコーヒーを飲んでいる。
かなり日が傾いてきた頃に「それじゃ行こうか」と腰をあげる。水越さんは悠然としているんですね。全く急がない。
それで、私たちが流氷の所に到着したら、形の良い氷のアーチがあるポイントの前で、大勢のカメラマンが三脚をかまえて場所取りをしている。人よりいい場所を取ろうとして、かなり前から準備していたのだと思います。夕日が、氷のアーチの向こう側に沈んでいく光景を撮りたかったのでしょう。しかし、写真を撮る側から見て氷のアーチは、逆光で陰になっているから、さほど美しくないんです。でもみんな、その場所で同じような写真を狙っているわけです。
 水越さんはそんなものに構わないで、一人、氷の上を歩き回り、撮り続けている。三脚を持たず、一脚だけで動いているので行動範囲が他の人とまったく違います。そして日が暮れて、他のカメラマン達が帰ってしまった後も、水越さんは撮り続けていました。 太陽が沈むと、刻々と空の色が変化していって、その残照が氷の色合いを微妙に変えて行くのですが、その瞬間が一番美しいと水越さんは言っていました。
 何が言いたいのかと言うと、多くの人が良いだろうとかってに信じ込んでいる現場というのは、だいたいこういう感じなのではないかと言うことです。
 構図が良くて、誰が見ても良い写真だねと言ってくれるものは、「良い写真」として多くの人が抱いているイメージをトレースしてしまっていて、誰が撮っても同じようなものになっているんだと思うんですね。 自分の中にできあがっているイメージにあてはまるので、良い写真だねと言ってくれるかもしれないけれど、とくに心を揺さぶるほどのものではないのです。あらかじめわかっている範疇のことの追体験でしかなく、写真を見る事が、新たな出会いや発見になっていない。
 そういう写真と比べて、水越さんの写真が圧倒的な力で迫ってくるのは、私たちが気づいていない物事の本質が迫ってくるからでしょう。

■岡原
耳が痛いです。
僕も新聞や雑誌の仕事を頂いて撮るんですが、あらかじめストーリーが決まっているものがあります。
そんな中で、自分の作品のように撮れるか、というと、不安があります。
放り込まれた中で撮る、というのはいつもやっていることなので、それは自分が常にやろうとしていることですが、例えばリビアとかで撮っていると、他の多くの人たちの写真と同じようなものになってしまう。普段自分のプロジェクトを撮る時とは、もちろんプロセスが違うとは言え、とても難しいと感じます。
福島で撮った時は、最初はパニックでした。
ステレオタイプの写真しか撮れないんです。表層をなめる写真と言えば良いのかな。
これはモイセス・サマンという個性的で素晴らしい写真家が言っていたことですが、
同じような写真を撮ったとしても、それでも独自の眼がなければならない。でも、個性的に撮ろうとするあまり、伝えるという使命を忘れてしまったら意味がないということを言っていて、それは両方の眼がなければならないと言うことだと思うんです。
自分にその技量があったのか、というと難しいです。
結局、自分のプロジェクトとして福島を撮り始めるたのは、4ヶ月ほど経ってからになりました。
■佐伯
今、彼がモゴモゴ、モゴモゴ言っていました(笑)
そのモゴモゴをトータルで含めて彼の視点なんだと思います。
自分の単一な視点なんて、あるはずがない。
どうしても右往左往せざるを得ない。それが自分の視点。その人にしか出来ない、独自の視点です。
それは、やっぱり時間なんだと思います。
エドワード・カーティスという人がいて、この人はアメリカの先住民の写真を撮っています。
彼以外にも、多くの欧米の写真家がアメリカ先住民の写真を撮っていますが、その大半は自分たちの興味本意で撮っているだけです。
カーティスはアメリカ先住民と共に30年にわたって生活しながらですから、モゴモゴのプロセスを積み重ねています。
そうすると何が生まれるか。カーティスが撮った写真はアメリカ先住民というカテゴリーの写真じゃなくて、人間そのものの存在感が写っている。
 カーティスに撮られた人々の表情は、深遠です。
 岡原君がハンセン病の人達を撮った時、ハンセン病を記号処理するのは簡単だったかもしれない。誰もが共有している特徴にフォーカスを当てればいいのですから。しかし、岡原君は、そのように記号化されやすいものとは別の何かを現場で感じて、モゴモゴのプロセスを積み重ねていた。そのモゴモゴの時間の集積が、岡原君の固有の視点を生んでいるのだと思います。
■岡原
それは10年前に聞きたかった(笑)
■佐伯
例えばね、僕が色々写真を見ているので、写真を撮ることもできるでしょと言われることがある。実際に、PR雑誌などのニーズに応えられる写真は撮れると思います。 でも、雑念が多すぎるので、一つの対象に対して、モゴモゴの時間を積み重ねながら、時間をかけて撮り続けることは無理です。だから、今の自分では、写真は撮れない。
時間にコミット出来る。これは能力だと思いますね。
僕は、写真では無理だけど、雑誌づくりにおいては、モゴモゴを積み重ねることはできるかもしれないけど。
■岡原
中国で写真を撮った時、その当時の僕にとっては、それらの写真はうまく行きすぎたように思います。
その後、中国で撮った時の写真を、表層的に真似しようとしてしまいました。
自分自身でトラップをかけることもあるんだと、その時に気づきましたね。
今は、何を撮っても、撮ろうとしているものは同じなんだと思っています。
僕の写真を見る人に感じて欲しいのは、そこに人が居るんだ、ということです。
それが伝えられれば、ある意味成功だと思っています。
■佐伯
リストカットは何人くらいですか。6人?
リストカットの手首だけをクローズアップすれば、衝撃的な絵になる。でも、岡原君は、そういうことを目的化していない。あの写真の中には違うものが写っています。それがわかるから、彼女達も岡原君を受け入れた。
岡原君の写真には、彼女たちの日常の生活、街角でギターを奏でながら歌っているところ、友人とカラオケルームで楽しんでいるところ、また彼女らが気を失っている写真もあれば、救急車で運ばれているものもある。
更には、救急車の中にもカメラが入っている。
それはもちろん、カメラがあるから撮れているんだけれど、その撮り手はどこにいるんだろう、と考えてしまう写真でもありますね。
彼女達とは、どうやって知り合ったんですか?

■岡原
当初プロジェクトを始めようと思った時、どうやって知りあえばよいのか分からなかった。
だからネットの掲示板に書き込みました。
その中で反応があった20人と会って、これこれ、こういう写真が撮りたいんだと伝えました。
僕はこういう者で、写真を撮りたいんだけれど、それはモデルというものではないんですと。
顔も含めて撮ります。発表もします。でも、それはもちろん慎重にやります。
こういうリスクが考えられるけれど、撮らせてもらえませんか、ということを素直に伝えました。
それで、出来れば一緒に生活して撮らせてもらいんだと伝えると、「それは無理です」と断られることも多くて。
当たり前ですけど。知らない人が突然家に上がるんですから。
その中で、何人かの女性が「いいよ」と言ってくれたんですね。
不思議なことに「自分が何か役に立つのなら」と皆が言ってくれました。
人は、存在を否定されると生きられないんだと思うんですね。
彼女らは、撮られることによって自身の存在が肯定されると感じたのかもしれません。

■佐伯
前にも言ったけれども、彼の写真は海外で評価を受けています。
一連の活動に関しては、海外のサポートがありますよね。
海外の写真家とは、どういう事を話すんですか?

■岡原
話すこと...。やっぱり写真のことですかねぇ...。マニアックなカメラの話とかしますし。
例えば、あの写真見たか、とか、どうやって撮ったんだ、とか。
ただの写真ファンですね(笑)
あとは、僕のプロジェクト見てくれとか、様々です。
■佐伯
彼らのプロジェクトを見ていて、触発されることはあるの?
■岡原
多くの友人とは以前所属していたエージェンシーを通して知り合いました。
そのエージェントには個性的な写真家が多くて、写真を配信してもらうなら、こういったところからが良いと考えていました。
本当に個性的なんですよ。
その人にしか写せない色、空気、表現。どの写真家も、それが強く表れているんです。
凄いですよね、スタンプが見えるというのは。
そういう才能を見せつけられると嫉妬もしますし、自信をなくすこともあります。

■佐伯
ずっと、悶々としてるのね。

■岡原
日本で撮りたいとは思っていたんです。
大切だと思えることを撮りたいと。
写真家と言っても、フリーランスなので仕事が無かったりするんです。
大学でアルバイトをしていたりすると、「あれ、何で卒業したのに大学に居るの?」なんて言われたりして。
写真家なんて、名刺に「写真家」と入れたら写真家なんですから。
悪く言えば、「痛い夢追い人」ですよね。
その中で、居場所が出来たり、大丈夫だよと言ってくれたり、認めてくれたりする人が居ることが大事だと感じました。
そこから、リストカットに興味を持って、写真を撮り始めました。
■佐伯
リストカットをしている現場も見たんですよね。
どうでしたか?

■岡原
何とも言えないですね。う...ん、何とも言えない。
目の前で切っているところを2回程見たんですが、1回目は「止めなよ」と言いました。
でも、「止めたら、後でもっと深く切ると思う」と言われてしまって。
結局、「じゃぁ気分が落ち着いたら、今日はもう寝ようね」と言ったら
「うん」と言うので、僕は彼女が腕に線を引いていくのを見ていました。
そして僕はそれを撮りました。
撮りながら、とても変な空間だと思いました。
結局それ以降はそういったシーンは撮りませんでした。
女の子の生活の中に入って撮っていたので、色々言う人はいました。
それほどキツイ言い方をする人はいませんでしたが、
「この写真に写っている何人とセックスしたんだ?」
とか言われたこともありました。

■佐伯
センセーショナルだから、発表している訳ではないんだよね。
岡原君ならではの視点というものがあるけど、それは自己主張とは違うものです。
リストカットの現象ではなくて、女の子の存在が立ってくる。そういう写真です。
ただ、リストカットを写しただけのものとは、バックグランドが違います。
彼女たちの存在そのもの。それが伝えられるのか。
伝えられると信じたから、彼女らは撮られたんだと思います。
そこには信頼関係がある。カーティスと同じなんです。
それがあって、はじめて成立するものなんだと思うんですね。

■岡原
自分が信頼されたのか、良く分からないですけど。
コロンビアで右派民兵の殺し屋を撮った時は、コロンビアでは絶対に出さないという約束でした。
でも、ネットがこれだけ発達していると、どこでどう見られるか、分からないんのですけど、
その時は、右派民兵たちが罪に問われないように、政治的に色々と起こっていた時期でした。


■佐伯
何で極端な場所に行くの?
■岡原
野次馬的な心が自分の中にあることを僕は否定はしません。
でも、興味をもつことは、「存在」とか「居場所」という言葉にひっかかるものです。
肯定されるということはとても大事なことで、人間は存在を否定されると、とても生きづらいと思いますから。
そこに居てもいいよ、と言ってくれることは大切なんだと思います。
自分の人生を見直してみても、それはとても大事なことだと感じます。

テーマを選ぶ意味でも、自分を掘り下げて理解することは大事です。
自分を知ろうとしなければ、テーマにもたどり着けないとも思います。
理由が明確にあると、大変な状況であっても、どんなに疲れていても、身体を動かすことができます。

■佐伯
自分を掘り下げる行為の最中にいる人は、旅人と言い換えることも出来ます。
一昔前、自分探しというのが流行りましたね。
その前にも、五木寛之さんや藤原信也さんに影響されて、ヨーロッパやインドを旅するのが流行った事があります。
今は当時とは違います。誰でも簡単に旅することができる。しかも、旅先で目にする光景は、すでに情報を通して見た事があるものがほとんどです。
そういうところをなぞっているだけでは、新しい発見は少なく、自分ならではの表現にもつながりにくい。
海外の写真家は、生い立ちからして劇的で、個性的な人生を積み重ねてきている人が沢山います。
そういう人たちと渡り合うためには、よほどの覚悟が必要です。
勝手知った日本の中で楽なことをしていてもダメでしょう。
それだからこそ、岡原さんは海外の厳しいところをメインに活動しているのだと思います。
せっかく日本に戻ってきたのに、またフランスに拠点を移すみたいだね。

■岡原
僕の場合、幸いなことに写真を買ってくれる人がいます。
2年前までフランスを拠点にしていて、たまたま震災のタイミングで日本に戻って来ました。
どこにいてもいいとは思うけど、欧米の写真の世界がダイナミックに流れているのが分かって刺激は多い。
自分がそんなものも関係ないほど突き抜けた写真家であれば関係ないのでしょうけど、
僕はまだ色んな刺激が欲しいし、例え生活は大変でも、競争の激しいところに身を置いていたいと思っています。

■佐伯
写真家の中には様々な人がいて、いい写真を撮って自己満足している人も多いですね。
わかる人には分かると開き直るのではなく、もっとツールを駆使してやっていかなければならない。

■岡原
僕はフリーランスなので、自分一人でやらなければなりません。
雑誌社に持ち込んでダメだからといって、諦めてしまう人がいますけど、
一度売り込んでダメなら、もう一度行けばいいと思っています。
写真は見てもらってナンボ。見てもらわなくては始まりません。
渋谷にQフロントがありますけど、一時、あそこをハックできたらなぁなんてことを
考えたことがありました。
渋谷を歩いている人たちの多くは、僕の写真なんてどうでもいいかもしれないけど、
でも、そういう人に見てもらわなくちゃダメだろうな、と思って。
結局、自分でスクリーンを作って、ジェネレーターを持って、スクランブル交差点の
角でスライドショーしてみたり。
ほとんどは素通りでしたけど、たまーーーーーに立ち止まって見てくれる人はいました。

例えば欧米だと、写真の売り込みが凄いんです。
自分より才能のある写真家が、自分より必死に売り込んだら絶対にかなわない。。
だからまぁこっちも必死にやるしかありません。

■佐伯
今はインターネットで色々な事が出来ます。
Webを使えば、告知手段としてはタダです。
写真だから写真しか分からないなんて言っていてはダメ。
向こうから歩み寄ってくれる訳ではない。
■岡原
どんな手段であれ、見て貰う努力はしたほうがいいと思います。
■佐伯
僕はいま、風の旅人の編集しながら、それこそ告知や、経理、営業まで一人でやっています。
一人では大変なんだけれど、逆に言えば、一人で出来る時代でもあるんです。
会社とは違うから、そんなにお金をかけられる訳じゃない。損益分岐点は出来るだけ低くしたい。
そうすると、経費を少なくしないといけない。
今ね、経理をアウトソーシング出来るんです。月1万円で貸借対照表とか面倒な書類を作ってくれたりする。
どういう仕組みかと言うと、会社ではなくて、経理の資格を持っている個人が請け負っているんです。
資格は持っているんだけれども、独立して食うのは難しい人が全国にたくさんいます。
会社に勤めているから、副業をすることが出来ない。
そういう人は奥さんなどを代理として立てて、実際はその人が週末にやるというケースもある。
そういった仕組みを支援する、ベンチャー組織もあるんです。
今、掛け持ちでやっている人がどんどん増えています。
ネットを最大限駆使すれば、出来る時代になっているんですね。

■岡原
いい事を聞きました(笑)
エージェントシーを介していた時は、色々な取り決めもあり、さらにエージェンシーが他のエージェンシーを介していたりして
写真が売れても自分のところには2割しか入ってこないということもありました。
でも、今はネットを使って、直接やり取りすることも出来ますし、
ツールを使えれば個人でもやりやすいんじゃないかな。

■佐伯
岡原さんはギャラリーも作っています。
自分の場所というのは、そうやって作っていくことも出来ますね。
ちゃんとした、ギャラリー用に作っている物件を借りると高いんですが、彼の場合、一から作ってしまった。
だから、かなり安く借りているんですね。
海外に行くと、あのギャラリーはどうなるの?
■岡原
ギャラリーではないんですけど、皆が仕事をしたり、
写真について色々と話したい・見せたいと思う人達が集まる場です。
僕が日本からいなくなっても、他の仲間がいますし、特に問題ないと思います。
ああいった場所があるのは、精神衛生的に良いなと感じています。
(※注:ギャラリー:http://www.backyard.ph/jpn/
■佐伯
現代社会は、楽なことが幸福だと思い、その方向に導きますね。
でも、手を動かしたり、体を動かしたり、大変なことをやるほうが精神には良いはずなんです。
楽な方向というのは、精神の衰えの方向です。
しんどいことやっていた方が幸せじゃないか。そう思います。
■岡原
不便さは大事ですね。
僕は時々、足かせと言える状況を選ぶときもあります。
福島で撮った時は、大判で撮りました。
どうやって撮ろうか、と思ったときに、自分が理解するために撮ろう。そう思ったんです。
福島では、かけら集めをしている感じです。
自分で箱を用意して、そこにかけらを集めていくような作業。
そしてその箱がカケラでいっぱいになった時に、そこに何が見えるのか。
そのカケラを集めるために、一枚一枚丁寧に撮るには、一枚一枚撮らないといけない大判が
いいのではないかと思いました。

あとは、これはコンセプチュアルといわれるかもしれないけれど、
放射能というものは、見えないけれどずっと残ってしまうじゃないですか。
大判で撮ると、すぐに無くなるシーンは撮れません。逆にそこにある程度の時間とどまるシーンしか撮れない。
その時間を撮る。それで撮れないものは、撮れなくてもいいじゃないかと。
撮りたいのはそういうものじゃないんですよね。
不便なんですけど、不便なりに考える時間はあります。
1枚に使うエネルギーというのは、他のカメラに比べて大きいですから。

■佐伯
今、彼が語ったのを聞いているみなさんは、話の内容がわかるわからないとは別に、彼が対象に対して誠実に向き合っているニュアンスは伝わったと思います。
映像によって歪められたものを、映像の力で正すためには、映像が信頼を取り戻せるかどうかがポイントです。
では、映像の信頼とはどういうことか。
映像には、必ず、その映像を撮った人が介在しています。
カメラは事実を撮っているんだけれど、その事実はフレームがあり、別の事実がある。
カメラを少し横にずらせば、全く違った景色があります。
例えば、痩せこけた子どもがいる横で、元気に走り回っている子供もいるかもしれない。
撮り手は、その現実の中で苦しむんです。
企みがある人は、都合のいい部分だけ利用しようとする。
だから、映像撮っている人の信条とかスタンスは、映像の信頼に大きく関わってくる。
信用とは違います。真実か嘘か、正しいか間違いかではなく、信じて頼ることが出来るか、ということです。
私は、信頼は、右往左往しているものにしか感じられません。モゴモゴのプロセスです。単純明快は、どこかに嘘があると思った方がいい。
例えば、写真家が撮ってきたものを、自分の自己表現の材料として処理するデザイナーもいるんです。
僕は、そういう人とは仕事をしないんですが、その一方で、写真家の写真が秘める力を引き出すためにどうすればいいか苦しんで、モゴモゴしている人がいる。
そういうデザイナーと仕事をするようにしています。
■司会
そろそろ時間なので、ここで質問があれば受付したいと思います。

■会場から
岡原さんは危険な場所に行って撮っているわけですが、恐怖を感じることはあるんですか?

■岡原
無駄なリスクを背負わないための準備はしているので、そこまで恐怖を感じることは少ないです。
もちろんそれでも怖いと感じる瞬間はあります。
でも、行かなきゃ撮れないですから。
それよりも、響くものが撮れるのか、という恐怖はありますね。
うーん、僕はもう他にやることがないですし、
これが幸せかどうかは分からないけれど、
写真が自分の存在意義みたいになってきてしまっているので、そういう恐怖はあります。

■会場から
お話の中で、すべてが被写体に変わる、というのがありました。
写真を撮るのは、最初違和感があると思いますが、それが変わる瞬間というのはどういう時ですか。
■岡原
変わる瞬間...。瞬間というのはないですね。
撮っていいよ、と言われたらまぁ撮っていいのかなと感じますし。。。
写真を撮っている中で、見ている景色は変わらないんです。
例えば、ここにコップがあっても、コップはコップなんです。
でもそれが、ただのコップじゃなくなる時がある。
撮っているテーマとリンクされた瞬間、意味を持つ物体の一つに変わる。
何でしょうね。モチベーションの違いかもしれません。
■佐伯
撮り手の中で、関係性の中で見えているものがあります。
何らかの関係性の中で見えれば、関係していく物の全てを撮るんだと思いますね。
僕は色々な人の写真を見る立場ですが、物事の関係が見えていない人はパターンが単調なんです。 一枚一枚の写真が同類のパターン違いにすぎず、視点の幅がないんです。
関係が見えていないんだろうと思いますね。
その人にとっては、コップはコップでしかない。
■会場から
同世代で、気になる写真家はいますか。
■岡原
いません。
興味がないと言えば、興味がないので。
アトリエ(BACKYARD PROJECT)を一緒に運営している木村くん(※木村肇)は、写真がいいので凄いなぁとかは思いますけど。
あまり同世代の写真家を知らない、というのもあります。
■司会
横からすみません。いま聞いていて、憧れの写真家がいない、というのが面白いですね。
佐伯さんは分かると思うのですが、僕らの年代とは違う感覚なのかもしれないですね。
■佐伯
当然と言えば、当然なんだと思います。
東松さんや川田さんがいた頃は、その前の世代として木村(伊兵衛)さんらがいました。
木村さんとかの考えは、写真はメディアにべったりであるべきだ、という考えでしたから、東松さんや川田さんは「くそくらえ!」と思ってたと思うんです。
20代の頃から、宣戦布告をしていましたよね。
その後の世代で、アラーキーや森山大道が出てきて、さらにその後の世代は、彼ら人気写真家にあこがれ、彼らに褒められれば有頂天という人が多いですね。
「もうお前らの時代じゃない」という強い決意を持った人が増えればいいのだけど。
東松さんらが前の世代に反発したのも当然なんです。
前の世代は戦争に迎合してきた世代。思春期の頃、戦争を迎えた東松さん達は、戦前と戦後でガラリと価値観が変わり、天皇のことを神だと教わったのに、あれは間違っていましたと言われた。そう簡単には大人の言うことは信じられない。だから、時代は自分たちで作る、そういう思いがあったでしょう。
今もまた、戦後に作られた価値観が、バブル崩壊その他、おかしくなっています。だから、 20代、30代から、前の世代が言っている事は信用に値しないという人が出てこないとおかしいと思います。
 でも、もしかしたら、反発ではなく、無視という形で出てきているのかもしれない・・・。
■司会
ありがとうございました。
お二人に拍手をお願いします。
(パチパチパチ)

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(株)かぜたび舎は、2014年4月22日より、京都に移転しました。

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